アクセルワールド 川原礫 1.自己不信からの脱出の物語



アクセル・ワールド〈1〉黒雪姫の帰還 (電撃文庫) - 川原 礫

「ソード・アート・オンライン」が面白かったので買ってみたんですが、すごくよかったです。これは素晴らしい。。。主人公が問題を抱えて悩む=停滞している状況から、少しずつ加速を初めて、最後に現状を突破し、新しい世界へと飛翔していく!という一連の流れは都市シリーズ川上稔を思い出しました。



主人公がうじうじ悩む期間が長ければ長いほど、最後にブレークスルーを達成した時の爽快感が増し、大きなカタルシスが生まれるんですよね。すごく面白く読みました。以下、簡単な書評です。


■地面に這いつくばり、空を眺める

嫌だ。もうここは嫌だ。
そう思って、はるか暗い空を見上げると、そこに何者かの影があった。
夜より暗い翼を広げ、軽やかに飛翔する一羽の鳥。

僕もそこに行きたい。もっと高く。遠く。
飛びたい。
彼方まで。


 物語の冒頭、主人公ハルユキは、「スクールカースト最底辺の少年」あるいは「太ったいじめられっ子」として描かれます。同級生の「武闘派」荒谷にからかわれ、馬鹿にされ、嘲笑される毎日はハルユキにとって苦痛以外の何者でもありません。現実を何とかする事を諦めているハルユキはゲームに没頭する
=現実か逃避するだけが唯一の楽しみです。


この時点でのハルユキの状況をまとめると

 ・主人公は現状に強い不満と閉塞感を感じている。
  そんな現状を打破したいが自己信頼感が極度に低いため
  行動が起こせない。


 そんなハルユキの前に黒雪姫が現れ、ヒロユキをブレインバーストの世界へと誘います。現状を打破するきっかけを欲していたハルユキは、黒雪姫の提案を受け、ゲームをニューロリンクにインストールします。ブレインバーストという自分の才能を発揮し活躍できる場をみつけ、同時に黒雪姫という「自分を認めてくれる存在」を得たことでハルユキの状況は少しずつ好転を始めます。


 黒雪姫によって、いじめっ子=荒谷は学園から排除され、更にブレインバーストという活躍の場を得たことで、物語当初のハルユキの問題は表面的には解消されつつあるように思えました。
しかし、黒雪姫の距離が近くなるにつれヒロユキのより本質的な問題が露わになってきます。


■自己不信というナルシズム

「距離を作っているのはキミのほうだよ。このたかが二メートルが
 キミには、そんなに遠いのか」


 自らを「スクールカーストの最底辺」と位置づけるハルユキは人間関係に関する苦い思い出が沢山あります。そして、その帰結として、人に自らに対する好意を期待しないようにしています。期待水準を下げることで、失望感を感じないという一種の防衛反応です。


 そんなヒロユキから見た、黒雪姫は中学校内におけるヒエラルキーの最上層に君臨する女王であり本来、自分何かが軽々しく口をきける相手では無いという認識があります。


 だから、ヒロユキと対等でありたいと望む黒雪姫の想いに応えることができません。好かれたいという思いより、「期待すると後で裏切られて傷つくことになる」という経験則が、自分は誰よりも劣った人間だという自意識が上回ってしまうのです。


結果的に、ヒロユキは黒雪姫の想いを拒絶し、自分の世界に閉じこもる形になってしまいます。そうすることで誰も幸せになれないのに。そして、このような状況から、ヒロユキがどのような形で脱出するのか、というのが物語の焦点となります。


■想いが心の壁を越えるとき

「ハルユキ君。私は、キミが好きだ。」

持ち上がった睫の奥から、黒い瞳が、無限の輝きを秘めて
ハルユキを見つめた。

「生まれてはじめての感情だ。まったく制御することができずに戸惑うばかりさ。
学校にいるときも、家でベッドに横になっていても、いつでもキミのことを考えて、
うれしくなったり、悲しくなったりしているよ。

これが恋というものだったんだなあ……なんて素晴らしい……奇跡なんだろう。


結論から述べると、黒雪姫の想いがヒロユキを心の壁から外の世界へ連れ出します。このあたりの、上記台詞からヒロユキが黒雪姫の手帳を拾うまでの展開は何度読んでもじーんときますね。本作品中で一番好きなシーンです。


■壁を超えて見えた世界は・・・


その後の展開は割愛しますが、この自己不信を抱えていた少年が少女と出会い、気持ちをぶつけあうことで如何にして、愛に出会い、人と対等の関係を築けるまでに成長したか、という過程を丁寧に描いた所が本作品の中で自分が一番感動した所でした。


普通、ここまで主人公の自己嫌悪感や絶望感、閉塞感が強いとそこから抜けだすことってなかなか難しいと思います。で、そのような状況においては、自分の独りよがりな歪んだ世界観という眼鏡を通して世界を、そして人を見てしまうために結果的に正しく物事を視ることができません。人の気持ちを感じ取ることができません。だから、本当の意味で他者と出会うことができません。


でも、荒谷に殺される寸前という極限状態の中で黒雪姫がヒロユキに愛を告げ、身代わりとなって車にひかれる、そして、黒雪姫の手帳の中には実はヒロユキの写真がという圧倒的に強烈な体験をすることで、前述したヒロユキの心の壁が粉々に砕け散り、長年の呪縛からついに解き放たれるんですね。そうして成長を遂げ翼を手にして目にした空は、この世界は無限だ・・・。壁を超えた喜び加速する意志、無限に広がる大空、そんな風景が見えて感無量でした。後半は時間を忘れて読みふけりました。良い読書体験でした。


さて、ヒロユキが黒雪姫と完全に対等な関係になったかというとそうでもなく、2人の関係が始めるのはこれからだと示唆する所で第1巻は終わります。これから物語はどんな風に展開していくんでしょうか。


6月に発売の2巻以降に期待ですね。今後も引き続き読みたいと思います。


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