過酷な世界の中で孤独に生きるための根拠 『1Q84』村上春樹

■意味を持つ風景、過去の記憶

「俺が言いたいことのひとつは、今でもよくそいつのことを思い出すってことだよ」とタマルは言った。


「もう一度会いたいとかそういうんじゃない。べつに会いたくなんかないさ。今さら会って話すことなんてないしな。ただね、そいつが脇目もふらずネズミを木の塊から『取り出している』光景は、俺の頭の中にまだとても鮮やかに残っていて、それは俺にとっての大事な風景のひとつになっている。それは俺に何かを教えてくれる。あるいは何かを教えようとしてくれる。人が生きていくためにはそういうものが必要なんだ。言葉ではうまく説明はつかないが意味を持つ風景。俺たちはその何かにうまく説明をつけるために生きているという節がある。俺はそう考える」


「それが私たちの生きるための根拠みたいになっているということ?」


「あるいは」


「私にもそういう風景はある」


「そいつを大事にした方がいい」


1Q84 BOOK 2

1Q84 BOOK 2

…というわけで、日曜日を丸一日潰して読了しました。


上巻は暗い話とか、怖い話ばっかりで読んでてしんどかったです。。。痛いというか、、、特に環のエピソード。。。どこにもいけない、孤独や歪みから抜け出せない、事態はどんどん不穏な方向に向かっていく。。。


下巻は、スピード感があって、話もどんどんと展開されていくので非常に読みやすかったです。最後の締め方も自分はある程度納得して読めました。


総括としては、語ろうとしてる世界観が大きい上に抽象的(観念的?)な設定や話も多く、かつエピソードの数も多いので、「結局どんな話だったのか?」というのを一言で語るのが難しいですが、要するに上記で述べられているように「1人の孤独な人間が過酷な世界の中で生きていくにあたって、何を拠り所にしていけばいいのか?生きる動機(モチベーション)をどうやって獲得するのか?」というのがひとつの大きいテーマなんだと思います。


圧倒的に暴力的で、システマチックで、理不尽な社会の中でなんとか生きていくために、毎日気を張って働いている。不本意な事は少なからずあるけど、それでも一応の自分と社会との折り合いをつけてやっているつもり。でも、そうやって自分を社会に適応させていく過程で、増える違和感。なんか違う気がする。そして、そんな違和感故に人とうまく想いを通じ合わせることが出来ない、孤独な自分、自分が誰なのか?自分と他者との関係って?自分と世界はどうやって繋がっているの?ここはどこだ?自分は誰だ?みたいな事がどんどんわからなくなっていく。


そんな時に、心の拠り所になるのは、過去の記憶で、昔、自分の心がひどく揺り動かされた時間だったり風景があれば、そういった原点を思い出すことで、活きるエネルギーを取り戻すことができる。そう、あなたを今のあなたたらしめているのは「人とのつながり」と「過去の記憶」なんだ、と。どんなに苦しいときでも、もう駄目だと思うときでも、あなたはそこに戻ることができる。そして、そうやって孤独なのはあなただけじゃない。他の人も多かれ少なかれ、そんな感じで孤独に生きている。だから、あなたはあなたが愛する孤独な誰かに会いに行かなければならない。この過酷な世界を生きていくために。。。意味不明かもですが、そんな事を強く感じました。


昔よりも、世の中に対して悲観的に(以前は、悲観的というより無関心というのが近かった気がする)
なりつつも、それでも勇気を持って生きていく道を示してくれている所に感動しました。やはり村上春樹の小説は好きです。リアルタイムで読めて幸せでした。。。


読破するのが非常に時間がかかる上に、話の内容が上巻は特に暗いのでなるべく平日は読むのを避けた方がいいかとは思いますが、それでも圧倒的に傑作です。


以下、雑感。

  • セックスを通じて、人との関係のあり方を描くのは、やっぱり相変わらずだなあと思った。性表現と精神の交わりが殆どイコールで描かれている印象。
  • 一見、社交的で紳士的なエリートサラリーマンの男が、実は精神的に屈折していて女性に暴力を加える/社会の暗部に絶大な力を持つ組織が蠢いていて、それら組織は強い意志とシステマチックな合理性で自己増殖手していく。個人はその組織の前に圧倒的に無力である。/あたりの設定は、アフターダークを彷彿とさせた。(※実際、アフターダークで組織から派遣されてくるライダーと本作品の牛河が話していることは殆ど同じ内容)これと、宗教=カルト教団の3点セットで、世界の暴力性みたいなのが説得力を持って描かれていた印象。

アフターダーク (講談社文庫)

アフターダーク (講談社文庫)

  • 何で、宗教が必要なのか?という問に対し、自分にとって不都合な現実を直視せず、自分にとって都合の良い物語を選択するため、という回答は筆者の問題意識としてあるのかな、と思った。要は、そうじゃないだろう、と。もっと違う答えがあるはずだと。
  • 青豆さんの存在のおかげで、本作品の読者の視点が上手く拡張されていると思った。従来の「僕」じゃない主人公格のキャラクターとして彼女は素晴らしい。辺に、自意識に沈み込まないし、適度に現実的ででも、情も忘れていない。人間的にすごく誠実な印象。そして肉食系女子
  • リトル・ピープルは結局何だったのか?とか、空気さなぎ、ドウタ、マザ、パシヴァ、レシヴァあたりの設定は正直、よくわかりませんでした。
  • 金枝篇について http://blog.livedoor.jp/vitogensyutain/archives/204372.html
  • 首都高の非常階段は本当にあるみたいですね。東京は土地勘無いので詳細な場所は、よくわかりませんが。 http://goen.fc2web.com/koneta/ojisen/index.html